スペシャル対談:

「打楽器奏者と椅子」

(取材・写真:内山洋樹/2014.8.24)

椅子と打楽器と吹奏楽事情

K: 椅子を打楽器奏者が使うっていう習慣がなかなか中高生に浸透しないのはどうしてと思われますか?

深町: 忙しすぎるから。特に吹奏楽コンクールね。持ち替えとかあり得ないくらい忙しくやってる。ティンパニ1発叩いてさっと別の所に行ってるうちに別の奏者がティンパニにやってきて、人がチューニングした楽器を疑いも無く叩いたり(苦笑)。だから椅子とか置いちゃうと邪魔なんじゃないかな…? ティンパニ奏者と鍵盤楽器奏者を平気で入れ替えるし。まあ、いろいろ事情があるんだろうけどね。

荻原: あと単純に知らないのもあるんじゃないかな?打楽器椅子の存在を知らない。椅子を使う効果やメリットも知らないし、そもそもティンパニストが椅子を使っている所を見たことが無い人とか、いっぱい居ると思うんですよ。プロオケの演奏すら見たこと無いとか。 で、椅子の存在とか、音替えの時に便利だよとか、知るようになったとして、でもなかなか高額で買えなかったという事情もあるんじゃないかな?
そこで今までだったら、いわゆる「カウンターチェア」とかの安いものをドンキとか行って買って来てたんですよ。実際僕もシエナで使ってましたけど(笑)。でもそういうのって、あまり低くならないんです。最低の設定が高すぎる。そこへきてこのくらい低く出来る椅子がこの値段で買えるっていうのは良いですね。

深町: ティンパニとマレットの角度の話で言うと、例えばこのラディックで試すと、ベーシックな音色を出すためには皆さん思っているよりもはるかに打面の端っこのリムに近い場所を、なるべくリムショットギリギリの角度でヒットすると一番良いっていうのが、構造的にもう決まっちゃってる。するとマレットの支点となる手首の位置は必然下げる必要がある。でもプレミアなんかだと低いから、立奏だと腕なんか伸び切っちゃう。だから椅子で腰の位置から調節する必要があるんです。身長の高い人の方が、椅子を使う必要度が高いと思いますね。

深町さんのポジション。

荻原さんのポジション。 ティンパニから良い音を引き出すためには、リムショットギリギリの角度で、ケトルのエッジ近くを狙う。腕の角度は奏者により様々だが、狙う場所は共通する。

K: ティンパニ自体に高さが調節出来るものはほぼ無いですしね。

深町: 「背が低い人には椅子が必要です」というよりも、「あなたその打面低過ぎませんか?」と言って椅子を勧める方が、もっと浸透して行くと思う。 上手い人はさ、(マルチの時みたいに)高さが色々でバラバラでも、ちゃんとそれぞれの高さに合った奏法ができるんだけど、そうはいかない人はそういうの全く考えてないから、とんでもない角度で演奏しちゃう。

荻原: 椅子の無い学生なんかにはね、例えば背が高かったりすると股の開きで高さを調節しろ、なんて言うこともありますね。

K: 高さにはもっと気を配ってほしいと。

深町: どっちが先か、だよね。最近ではブラスバンドはペダルティンパニ4台が当たり前っていう時代だし、ペダリングにも椅子というのはとても良い。あと、(体の)移動でも、効果を発揮する。大学でブラスバンド経験者の新入生にティンパニ叩かせると、もちろん立奏で、身体を楽器に合わせてほとんどステップ踏んじゃうくらい平行移動させるような人も居れば、狭いセッティングにして自分の重心を中心にして窮屈そうに叩く人も居たり、実に様々。そういう場合は椅子に座らせたら軸が必然的に出来てしまうから、それを起点にセッティングを決めさせる。下の2台、真ん中の2台、上の2台それぞれに正対して、椅子をどう回しても楽器が同じ距離に来るようにします。そして初めは軸は正面(真ん中2台)を向いたままで4台とも叩かせます。すると、自分のセッティングが今までいかに近過ぎたか、又は遠過ぎたかってことに気づくんですよ。

セッティングの際に身体の軸をしっかり決め、軸を中心に適正な位置に楽器をセットできるのも、椅子活用の利点。

もっと高度な場面、例えば左右のティンパニを大音量で叩きながら移動も激しいようなシチュエーションでは、体重バランスを素速く左右に移動させるために、重心も左右に少しずらすことがあります。 こういう場合、KK-G1のように座面がスムーズに回転することが必須条件。 写真の様に少し上半身が左右に傾きそれぞれ左右の足に体重を乗せることで、腰への負担を大幅に軽減することができ、もちろんそれそれのティンパニに対してきちんとパワーストロークができる。 そして写真で注目して欲しいのは、顔の向きを正面にキープ(指揮者や楽譜を見る)するために、首を無理にひねっていないこと。椅子を上手に使うことで、無理な姿勢をする事無く、楽に打てるようになります。

左右の重心の移動でも椅子は活躍します。